事件番号:JP2019-0007 裁 定 申立人: (名称)エヌジーブランド (住所)フランス国、パリ、75007、1 ケ ヴォルテール 代理人:弁護士 浅村 昌弘 弁護士 和田 研史 弁護士 松川 直樹 登録者: (氏名/名称)DUAN ZuoChun (住所)東京都新宿区西新宿3-9-3 代理人:なし 日本知的財産仲裁センター紛争処理パネルは、JPドメイン名紛争処理方針、JPドメイン 名紛争処理方針のための手続規則及び日本知的財産仲裁センターJPドメイン名紛争処理 方針のための手続規則の補則並びに条理に則り、申立書・追加の書類(上申書)・提出され た証拠に基づいて審理を遂げた結果、以下のとおり裁定する。 1 裁定主文 ドメイン名「NICOLAS-GHESQUIERE.JP」および「NICOLASGHESQUIERE.JP」の登録を申立 人に移転せよ。 2 ドメイン名 紛争に係るドメイン名は「NICOLAS-GHESQUIERE.JP」および「NICOLASGHESQUIERE.JP」 である。 3 手続の経緯 別記のとおりである。 4 当事者の主張(概要) a 申立人 申立人は、世界的に有名なデザイナー「NICOLAS GHESQUIÈRE」が設立したフランスに所 在する会社であり、申立人は、本店所在地であるフランスで登録商標第4447083 号、国際商標登録第1460858号、欧州連合商標第017969592号を有してお り、日本においても、上記国際商標登録に基づく出願が係属中である。 申立人は、登録者のドメイン名「NICOLAS-GHESQUIERE.JP」(以下「本件ドメイン名1」 という。)と「NICOLASGHESQUIERE.JP」(以下「本件ドメイン名2」という。)は、申立人 の創業者の氏名であり、かつ、申立人の有する上述の登録商標等と同一または混同を引き 起こすほど類似していると主張している。 また、登録者は本件ドメイン名1と本件ドメイン名2を現在まで使用しておらず、実際 に、ドメイン名の販売サイト「DAN.com」において販売しようとしており、不正の目的で 登録されていることは明らかであること、登録者が本件ドメイン名1及び本件ドメイン名 2に関係する権利または正当な利益を有していないことを主張し、本件ドメイン名1およ び本件ドメイン名2登録の申立人への移転を請求している。 b 登録者 登録者によって答弁書は提出されなかった。 5 争点および事実認定 A 登録者の不答弁の効果 (1)本件において、登録者は答弁書を提出していない。 (2)しかしながら、本手続には弁論主義は適用されないから、本件パネルは、登録者が 答弁書を提出しないという事実により申立人の主張事実等について擬制自白の拘束力が生 じるものとすることはできず、JPドメイン紛争処理方針(以下「処理方針」という。) 及びJPドメイン名紛争処理方針のための手続規則(以下「手続規則」という。)の定め る要件が充足されているか否かの判断を申立人の陳述、提出した証拠、条理等に基づいて 行わなければならないというべきである(手続規則第15条a.等)。 ただし、手続規則には「もし登録者が答弁書を提出しないときには、例外的な事情がな い限りパネルは申立書に基づいて裁定を下すものとする。」との規定がある(手続規則第 5条f.)。 したがって、下記処理方針第4条a.の①から③の3要件に関する申立人の主張・立証 が明らかに不十分であると判断される例外的な事情がない限り、申立人の主張に従い本件 ドメイン名登録移転の裁定を下すことが相当である。 (3) 規則第15条a.は、パネルが紛争を裁定する際に使用することになっている原 則についてパネルに次のように指示する。「パネルは、提出された陳述・文書および審問 の結果に基づき、処理方針、本規則及び適用されうる関係法規の規定・原則、ならびに条 理に従って裁定を下さなければならない。」。 そして、処理方針第4条a.は「このJPドメイン名紛争処理手続において、申立人は これら三項目のすべてを立証しなければならない」と指図している。 ① 登録者のドメイン名が、申立人が権利または正当な利益を有する商標その他表 示と同一または混同を引き起こすほど類似していること ② 登録者が、当該ドメイン名に関係する権利または正当な利益を有していないこ と ③ 登録者の当該ドメイン名が、不正の目的で登録または使用されていること B 処理方針第4条a.の各号についての当パネルの判断 (1)同一又は混同を引き起こすほどの類似性 本件ドメイン名1「NICOLAS-GHESQUIERE.JP」(甲第1号証)は、国別コードで日本を意 味するトップレベルドメインである「.JP」を除くと、「NICOLAS」と、「GHESQUIERE」の 間にハイフンを入れた文字構成である。 また、本件ドメイン名2「NICOLASGHESQUIERE.JP」(甲第2号証)も、トップレベルド メイン「.JP」を除くと、「NICOLAS」と、「GHESQUIERE」を一連一体とした文字構成であ る。 上述の本件ドメイン名1と本件ドメイン名2において、識別力を有する要部は,セカン ドレベルドメイン、「NICOLAS-GHESQUIERE」(本件ドメイン名1)及び 「NICOLASGHESQUIERE」(本件ドメイン名2)の部分であると認められる。 申立人の有する商標については、申立人の本店所在地であるフランスで登録された第4 447083号(甲第3号証)「NICOLAS GHESQUIÈRE」、世界知的財所有機関(WIPO)で 登録された国際商標登録第1460858号(甲第4号証)「NICOLAS GHESQUIÈRE」、欧 州連合知的財産庁(EUIPO)で登録された商標第017969592号「NICOLAS GHESQUIÈRE」(第5号証)があり、日本においても、上記国際商標登録第1460858 号に基づく出願が係属中である(甲第6号証)。 そして、本件ドメイン名1と本件ドメイン名2が「商標その他表示と同一または混同を 引き起こすほど類似している」か否かの判断に当たっては、当該ドメイン名の識別力のあ る部分と申立人の有する商標を比較すべきである。 そこで、本件ドメイン名1の識別力を有する要部である「NICOLAS-GHESQUIERE」、本件 ドメイン名2の識別力を有する要部である「NICOLASGHESQUIERE」と、申立人の創業者の名 前及び商標である「NICOLAS GHESQUIÈRE」とを比較すると、いずれも称呼において同一で あり、外観も実質的に同一であって、観念においても、申立人の創業者NICOLAS GHESQUIÈRE 氏(以下「ジェスキエール氏」という。)が「バレンシアガ」のデザイナー、「ルイ・ヴ ィトン」のウィメンズ アーティスティック・ディレクターとして関わってきて数々の賞を 受賞し、世界中で一躍有名になっており(甲第12号証)、著名性を獲得していることに 鑑みれば同一であると考えられる。したがって、本件ドメイン名1および本件ドメイン名 2と申立人の商標は、全体として混同を引き起こすほど類似している、というべきである。 なお、申立人の商標の2番目の「E」はアクサン・グラーブ(甲第8号証)があるが、 世界的著名ブランド「HERMÈS」がドメイン名に「HERMES.COM」を使用し(甲第9号証)、 世界的著名なブランド「CHLOÉ」がドメイン名に「CHLOE.COM」を使用している(甲第10 号証)こと、さらにはWIPO(世界知的所有権機関)の商標検索においても、アクサン・グ ラーブを抜いた「NICOLAS GHESQUIERE」にて検索を行うと、申立人の商標が検索結果に表 示される(甲第7号証)ことに鑑みれば、アクサン・グラーブの有無は類否の判断に影響 するものではなく、両者が混同を引き起こすほど類似していることに変わりはないものと いうべきである。 (2)権利または正当な利益 本件ドメイン名1および本件ドメイン名2の登録者名は、DUAN ZuoChunであり、文字 列や意味等において本件ドメイン名1および本件ドメイン名2とは何らの関連性もなく、 本件ドメイン名1および本件ドメイン名2は、現在、使用されていない(甲第11号証の 1及び2)。また、ジェスキエール氏も申立人も何らの関連性のない第三者に商標等の使 用を許可することはなく、登録者DUAN ZuoChunに使用許可を与えた事実も認められな い。 さらに、提出されたすべての証拠を検討しても、ドメイン名紛争処理方針第4条c. ① 乃至③に該当するような登録者の本件ドメイン名1および本件ドメイン名2に関係する権 利又は正当な利益の存在を裏付ける事実は認められない。 したがって、登録者は、本件ドメイン名1および本件ドメイン名2に関係する権利また は正当な利益を有していないものと認められる。 (3)不正の目的での登録または使用 申立人は、ジェスキエール氏が設立したフランスに所在する会社である。ジェスキエ ール氏は、1995年からアパレルブランド「バレンシアガ」にデザイナーとして関わっ てきた。その間、ジェスキエール氏もデザイナーとして数々の賞を受賞し、世界中で一躍 有名になった(甲第12号証)。 その後、ジェスキエール氏は2013年10月に、同じく世界的に著名なブランド「ル イ・ヴィトン」のウィメンズ アーティスティック・ディレクターに就任した(甲第12号 証: https://jp.louisvuitton.com/jpn-jp/la-maison/nicolas-ghesquiere#)が、 その就任後もデザイナーとして数々の賞を受賞している。 女性用「モード系」ファッション雑誌の主要なものにおいても、幾度なく「NICOLAS GHESQUIÈRE」及び「ニコラ・ジェスキエール」が、本人の写真や本人のデザインした商品 と共に多数現れている(甲第14~46号証)。 さらに、本年1月には、「『ルイ・ヴィトン』のニコラ・ジェスキエールが自身のブラ ンド創設へ、LVMHが出資」との報道がなされ(甲第47、48号証)、ファッション業界 では大きな話題となった。 以上の事実からすれば、遅くとも登録者が本件ドメイン名1および本件ドメイン名2 を登録した2019年5月3日の時点において、申立人の創業者の氏名及び申立人の商標 である「NICOLAS GHESQUIÈRE」が、世界的にも国内的にも著名であったことが認められる。 また、著名なデザイナーが自身のブランドを創設する際にその氏名そのものをブランドと して使用することはファッション業界ではよく行われる(甲第48号証・甲第49号証)) ものである。 したがって、登録者は、申立人の本件商標の存在を充分に認識し、かつ、本件ドメイン 名を使用すれば、申立人の創業者の氏名及び申立人の商標、ひいてはジェスキエール氏が 創設すると思われるブランドと誤認混同が生じることを認識しながら登録したものである ことが優に認められる。 一方、登録者の氏名「DUAN ZuoChun」でインターネット上の検索を行うと、同姓同名の 「DUAN ZuoChun」が登録者となって、ドメイン名紛争処理が行われた結果(甲第50~5 4号証)が複数表示される。それらの決定の中で、「DUAN ZuoChun」は不正な目的をもった 登録者として認定されている。 インドでのドメイン名紛争処理手続では、CHRISTIAN LOUBTANが申立を行った結果、「Duan Zuochun」の登録は不正な目的をもったものとして、申立人への登録の移転が認められた (甲第50号証)。 英国におけるドメイン名紛争処理手続においても、「DUAN ZuoChun」により取得されたド メイン名「nicolasghesquiere.co.uk」について、濫用的登録として申立人に移転せよとの 決定がされており(甲第58号証)、「DUAN ZuoChun」により取得されたドメイン名 「nicolasghesquiere.uk」についても同様の決定がされ(甲第59号証)、「DUAN ZuoChun」 により取得されたドメイン名「nicolas-ghesquiere.co.uk」についても同様の決定がされ (甲第60号証)、「DUAN ZuoChun」により取得されたドメイン名「nicolas-ghesquiere.uk」 についても同様の決定がされている(甲第61号証)。これらはNOMINET(イギリスのドメ イン名紛争処理機関)において掲載されている(甲第57号証)。 さらに、「.jp」ドメイン名のwhois 情報検索において、登録者名を「Duan Zuochun」と して検索すると、「該当する結果が多すぎます。」と表示され(甲第55号証)、いくつドメ イン名が登録されているかも定かではない程多数の登録があるものと認められる。 DUAN ZuoChunにより国内外において上記の様な行為が繰り返されていることから、処理 方針第4条b.②「申立人が権利を有する商標その他表示をドメイン名として使用できない ように妨害するために、登録者が当該ドメイン名を登録し、当該登録者がそのような妨害 行為を複数回行っているとき」に該当するものと考えられる。 さらに、登録者は、本件ドメイン名1および本件ドメイン名2の登録後、半年以上経過 した現在もなお上記ドメイン名を使用しておらず、実際に、ドメイン名の販売サービスサ イトである、DAN.comにおいて、本件ドメイン名1及び本件ドメイン名2を販売しようと している(甲第11号証の1及び2)という事実があり、DUAN ZuoChunによる本件ドメイ ン名1及び本件ドメイン名2の登録は、処理方針第4条b.①「登録者が、申立人または申 立人の競業者に対して、当該ドメイン名に直接かかった金額(書面で確認できる金額)を 超える対価を得るために、当該ドメイン名を販売、貸与または移転することを主たる目的 として、当該ドメイン名を登録または取得しているとき」に該当するものと考えられる。 したがって、本件ドメイン名1および本件ドメイン名2は、登録者によって不正の 目的で登録されているものと認められる。 6 結論 以上に照らして、紛争処理パネルは、登録者によって登録された本件ドメイン名1 「NICOLAS-GHESQUIERE.JP」及び本件ドメイン名2「NICOLASGHESQUIERE.JP」が申立人の商 標と混同を引き起こすほど類似し、登録者が、ドメイン名に関係する権利または正当な利 益を有しておらず、登録者のドメイン名が不正の目的で登録または使用されているものと 判断する。 よって、方針第4条iに従って、ドメイン名「NICOLAS-GHESQUIERE.JP」及び 「NICOLASGHESQUIERE.JP」の登録を申立人に移転するものとし、主文のとおり裁定する。 2020年1月10日 日本知的財産仲裁センター紛争処理パネル 単独パネリスト 久門 保子 別記 手続の経緯 (1)申立書受領日 2019年10月25日(電子メール)及び10月28日(書面) (2)手数料受領日 2019年10月25日 申立手数料の受領確認 (3)ドメイン名及び登録者の確認 2019年10月28日 JPRSへ照会 2019年10月28日 JPRSから登録情報の回答 回答内容:申立書に記載された登録者はドメイン名の登録者であること、JPRSに登 録されている登録者の電子メールアドレス及び住所等 (4)適式性 日本知的財産仲裁センター(以下「センター」という。)は、2019年11月1 日に補正(証拠の一覧及び説明書の提出、委任状・法人の代表者の資格を証明する公 的証明書類の電子メールによる提出)が必要と判断してその旨を申立人に通知し、1 1月7日に補正書類を受領し、申立書が処理方針と規則に照らし適合していることを 確認した。 (5)登録者への通知日及び内容 1) 申立書送付日(手続開始日) 2019年11月11日(電子メール及び郵送) 2) 申立書及び証拠等一式 3) 答弁書提出期限 2019年12月9日 (6)手続開始日 2019年11月11日 センターは、2019年11月11日に申立人及び登録者には電子メール及び郵送 で、JPRS及びJPNICには電子メールで、手続開始日を通知した。 (7)答弁書の提出の有無及び提出日 センターは、提出期限日までに答弁書を受領しなかったので、2019年12月1 0日に「答弁書の提出はなかったものと見做す」旨の答弁書不提出通知書を、電子メ ール及び郵送で申立人及び登録者に送付した。 (8)パネリストの指名 2019年12月16日 申立人は、1名のパネルによって審理・裁定されることを選択。 言明書の受領日:2019年12月27日 パネリスト:弁理士 久門 保子 (9)紛争処理パネルの指名及び裁定予定日の通知 2019年12月16日 JPNIC及びJPRSへ電子メールで通知 申立人及び登録者へ電子メール及び郵送で通知 裁定予定日:2020年1月10日 (10)パネリストへのパネリスト指名書及び一件書類受け渡し 2019年12月16日(電子メール及び郵送) (11) 陳述・書類の追加提出の請求及び提出日 パネリストは、2019年12月17日に手続規則12条の規定により、申立人及 び登録者に対し、陳述・書類の追加の提出(追加書類提出期限 2019年12月2 0日)を求めた(電子メール及び郵送)。 センターは、2019年12月19日に申立人から追加の書類(上申書及び証拠等 一式)を受領し(電子メール及び郵送)、12月20日、申立人及び登録者に両当事 者からの陳述・書類の提出状況について通知する(電子メールおよび郵送)とともに 申立人からの追加の書類を登録者及びパネリストに送付した(電子メール及び郵送)。 また、同日、パネリストは登録者に対し、相手方の追加書類を受けてさらに提出すべ き書類がある場合は、12月25日までに提出するよう求めた(電子メール及び郵送) が期限までに提出はなかった。 (12)パネルによる審理・裁定 2020年1月10日 審理終了、裁定。